信州邂逅ー異世界少女のラノベ作りー#5
「天幕(てんまく)って言うのだけど、これが特別な事情」
「……!……、」
開いた口が塞がらないという言葉を体現する日が来るとは思わなかった。
非日常が過ぎて開いた口が塞がらないのだ。
夢ではない。
紛れもなく夜空にそれは存在していた。
試しに頬をつねってみるという古典的なことをしてみたが、痛かった。
それと同時に開いた口は塞がった。
「驚かせてしまってごめんなさい。その、あなたにとって空のあれは非日常かもしれないけれど、私にとっては日常なの」
「……?いや、日常か非日常かなんて選択じゃなくて、日常ですよね」
理解できない。
「近々イベントでもありましたっけ?空のあれどんな技術なんですか?ドローン?あ!もしかしたプロジェクションマッピング(映像投影芸術)ですかね?」
この世界は現実だ。
非日常であってたまるか。
「ごめんなさい。あなたの言葉でいくつか意味が分からないの。天幕の影響下にあるから段々と意味は分かると思うけれども」
「えっと、外国の方ですか?」
コスプレ少女は首を振る。
「いいえ。別の地域、とかではなくて、そもそも世界そのものが違っていて、つまり何が言いたいのかっていうと私はあなたにとって違う世界の人間なの。私にとってもあなたは違う世界の人間。だからこの世界に来て最初に出会ったあなたと交流を深めようと、その、と、友達になれたら、なんて思ったの」
暗がりで分かりにくいがコスプレ少女の頬がまた赤く染まったような気がしたがそんなことはいい。
「ちょっと待ってくれませんか」
木ノ前はこの先あったかもしれない展開を遮(さえぎ)る。
遮ざるを得ない。
「いくらなんでも突然すぎますって」
強烈な正体不明の違和感を抱くからだ。
再びペダルに足をかけて力強く踏み込む。
「友達の件なんですけど、また機会があったらでお願いします」
そう言って逃げるようにその場を離れた。
もはや足の痛みなど忘れてしまった。
◇ ◇ ◇
自転車に乗った少年の背中を見届けたあと、辺りは静寂に包まれた。
────あはは。見事に振られたねハナ。やり方を変えないとだね。
「友達になって下さい以外にどんなやり方があるというの?」
どこからともなく聞こえる声に対して、まるでそれが当たり前のように少女は返す。
────うーん。色仕掛けとか?
「絶対ムリ!!」
深夜の夜空に、少女の叫びがこだました。
【#6へ続く】