信州邂逅ー異世界少女のラノベ作りー#6
速力を上げてわき目もふらず自転車を爆走させると、体感にして数分で自宅のある団地の駐輪場にたどり着けた。
おそらく五分もかからなかったと思う。
そして、ハッと思い出したように空を見上げると、春の夜空と煌めく無数の星がある日常風景だった。
木ノ前はポケットからスマホを取り出してSNSのチャットアプリを起動。
≪──さっき変なの見たんだけど≫
≪どんなの?──≫
秒(びょう)で友人から返事が届いた時、木ノ前は後悔した。
写真を撮っておけばよかったと。
≪──プロジェクションマッピングだと思うけど、空がオーロラみたいになってた≫
すぐに返事が届いた。画像付きだ。
≪ウソで草──≫
画像を開くと友人宅から見る外の風景が送られてきていた。
広がる町と空を一望できる場所、その風景にオーロラのようなものは写っておらず、ウソで草と思われているのがもどかしい。
とりあえずビックリしている【おのしん】のキャラクタースタンプを添えて。
≪──本当なのだよ本当の本当!≫
と、スタンプキャラの台詞(セリフ)で返事をした後でポケットにスマホを戻した。
◇ ◇ ◇
台所の換気扇付近でコーヒーを飲んでいると、鍵を差し込み玄関扉の開く音が聞こえた。
「おかえり」
木ノ前すみれは目線はそのままで玄関の方へ声だけを送ると、ただいま、と玄関と室内とを隔てるのれんをくぐって息子が現れた。
そのままリビングへ消えていったと思いきやすぐにコンビニで買ったのだろうカップ麺にお湯を入れに台所へやって来る。
「いつもより遅かった理由は?」
「色々あった」
単調に言葉を返す息子の表情や仕草(しぐさ)を横目で見ていると、確かに何かあったようだ。
どことなくソワソワしている。
カップ麺にお湯を入れた後、冷蔵庫を開いて片手でコーラを取り出しリビングへ戻る息子の後をコーヒー片手に木ノ前すみれは追う。
そうして椅子に腰かけジャンプを開いて読み始める息子に対面して腰かけた。
色々あった、とは何なのか。
基本、常識の範囲内では何をやってもいいと思う。
その常識は母と息子の二人で決めた、二人で生きていくために決めた常識(ルール)だ。
その常識を越えて、例えば犯罪に巻き込まれた、巻き込んだとなれば、ふーん、で終わらせることはできない。
果(は)たして何と答えるだろうそんな中、香ばしいカレー風味が木ノ前すみれの鼻孔をくすぐった。
息子がカップ麺のフタを開き、腕をまくって食べるぞモードになっていたのだ。
そしてその息子の左前腕に擦過傷(さっかしょう)を発見した。
「色々って、その傷のこと?」
「転んだんだ。コスプレしてる、女の子に……、ぶつかりそうに、なったんだよ、で、ごめん、自転車(チャリ)の、カゴ曲がった」
カップ麺をすすり、もぐもぐしながら息子が答える。
息子が無事であれば自転車のカゴくらい気にすることではない。
「それで?」
「そのあとでさ、その女の子が、……友達になりたいって、言うんだよ、普通疑うよな、何か裏があるのか、とか、思うじゃん?出会ってすぐだし、そしたらさ……、」
何回かカップ麺をすすり、もぐもぐごっくんを繰り返し、飲み込んだ後でコーラを飲む息子が喋り出すまで木ノ前すみれは黙って待った。
食べながら話すな、と言うのはまた今度でいいだろうと思った。
「……、空見ろって言うからさ、見たんだよ。そしたら、どんでもなく、デカい、オーロラみたいなものがあってさ」
「……?オーロラって北極とか、フィンランドとかで見れるやつ?」
「そう。で、さすがに気味が悪かったから逃げてきた」
「ふーん」
そんな嘘っぽい嘘をつくような息子じゃなかったと、木ノ前すみれは頬杖ついて思う。
「絶対信じてないだろ、特にオーロラの方」
「うん。無理があるでしょ」
「写真、撮っておけばよかったよほんとにさ」
呟くように言う息子の表情は、高校受験の合否を控える、受かるか受からないか分からない時の表情に似ていた。
不安なのだろうその表情は真実で、そこから出る言葉は嘘という母親としては初めての対息子案件だった。
「んじゃ、歯磨きして寝る」
ガタっと立ち上がった息子はカップ麺をもう食べ終えていた。
さすが食べ盛りの男子高校生である。
そこで話は中断した。
色々気になるが引き止めるのはよそう。
息子は無事であり、犯罪に巻き込まれた気配は直感的にしない。もう寝るべきだ。
女の子はとりあえずオーロラの創作話(フィクション)は何の思惑があってしているのか、その意図は不明だが明日また聞いてみようと木ノ前すみれは自室に戻る。
本日は徹夜だ。
よーし、やるぞ、と意気込んでコーヒーを一口すする。
やらなければいけない仕事が残っている。
テーブル上のコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
◇ ◇ ◇
気になって眠れない。
あれからどのくら時間が経っただろう。
枕元のスマホで時刻を確認すると四時十五分を表示していた。
コスプレ少女と公園での出来事から二時間程度が経過していた。
さすがにもうあの公園にはいないだろう。その周辺にはいるかもしれない。でもやっぱりいないかもしれない。
けど、もしいたら聞きたいことはある。当然オーロラのことだ。
数分考えた後、木ノ前はベッドからゆっくり起き上がる。
「……、よし」
押し入れからパーカーを取って寝間着パーカー姿で部屋を出ると、母親の部屋から廊下へうっすらと灯りがもれていた。
(そーいや今日徹夜するって昨日言ってたっけか……)
バツが悪そうに母親の部屋の前を通る。見つかったら早く寝ろだのゲームしてるのかだの始まってしまう。
忍(しの)び足でほんの少し開いていた隙間から部屋を覗くと机に突っ伏して爆睡してる母親の姿があった。
寝てんのかいー、と小さく突っ込みの呟きをいれながら、木ノ前は静かに玄関扉を開く。
早朝、といってもまだ薄暗い。
日の出前の世界へ踏み出した。
【#7へ続く】