信州邂逅ー異世界少女のラノベ作りー#7
小鳥のさえずりを耳に、山の向こうが白み始めた空を目に、木ノ前は駐輪場へ向かう。
自転車にまたがりいざ出発!となるところでポケットのスマホが振動する。
取り出すとSNSチャットアプリから通知が届いていた。友人だ。
≪──きぐがしょーもない嘘言うやつじゃないと思って調べた。長野でもオーロラは観測されてる。こんな感じの見たのか?https://www.nbs-tv.co.jp/news/articles/?cid=18552≫
木ノ前は添付されたURLを開いてみる。
≪ありがとう。そうかも──≫
と、簡単に返してポケットに閉まった。
こんなものではなかった。
URL先のWEBサイトに貼っていたオーロラの画像と深夜に見たオーロラは、比べ物にならなかった。
もっと色濃く、巨大で、間近に見えた。
(そういえば、てんまくとかって言ってたっけ)
だたそれを今、友人に伝えても無駄なのだ。
事の真相は、コスプレ少女が知っている。
改めて、自転車を発進。
と、少し進んだ先で木ノ前は振り返って駐輪場の屋根を見る。
「……?」
今、屋根に誰かがいた気がした。
でもそれは気のせいだったと、それよりもコスプレ少女だと木ノ前は改めて進んだ。
◇ ◇ ◇
「これ食べます?」
仕事終了後、湯殿目牧尾(ゆどのめまきお)は大きめの黒縁メガネをくいっとあげて、おにぎりと紙パックのお茶をコスプレをした女の子に手渡した。
「……!ありがとうございます……、まさか、毒入り……?」
突然の差し入れに驚いたように目を丸くさせている。
「いや、お腹空かせてそうだったんで。心配りッス」
コスプレをした女の子。
見たのは1時間程前だったか、店内に入ったり出たりを繰り返し、しばらく店内でウロウロしているのかと思えば何も買わずに外へ、こうして仕事が終わった今もまだ外の車止めに腰を下ろしていた。
まさかの家出少女ってやつだろうか。行く当てもなく、コンビニで物を買うお金もないのだろうと湯殿目は思っての行動(差し入れ)だった。
けれどできることはここまでだ。深入り禁物。
それでは、と湯殿目は少女の返事も待たず、足早に去る。
眠い目をこすって退勤した。
◇ ◇ ◇
自転車で下り道を惰性(だせい)で走らせる。
いよいよ空が明るくなり始めた頃だ。
木ノ前はコスプレ少女とのやり取りを思い出す。
やっぱりあの時、逃げずに向き合うべきだった。
もしかしたら何かに困っていたのかもしれない。
困っていたから友達になりたいと言ってきたのかもしれない。
友達になりたい、という思いに早いも遅いもない。
目に映ったオーロラのことばかり思ってしまった。
失礼なことをしたのかもしれない。
過去には戻れない。
やってしまった行動はもとには戻らない。
もしもまだ近くにいるのならば、ひとこと言いたい。
木ノ前は自転車のペダルを強く踏みしめる。
◇ ◇ ◇
おいしい。
はむはむっとおにぎりを頬張りながら、見上げる空は間もなく朝がやってくる頃だろうか。
差し入れをしてくれた親切なメガネの男性にはいつの日か恩を返さないといけないわと、おにぎりをさらに頬張る。
と、前方よりカゴの曲がった自転車に乗って見知った顔の少年がキキーッと自転車のブレーキ音を響かせ現れた。
急いでいたのか若干息切れしているようだ。
「あの、友達の件……!ぜひ俺でよければなりましょう」
突然見知った顔の少年にそう言われた時、どういう風の吹き回しかなんて事は思わなかった。何か裏があるなんて事も思わなかった。
「……ありがとう、私はハナ。どうぞよろしく」
「木ノ前です。よろしく」
そう言って見知った顔の少年がぺこりと頭を下げるのは、この世界の礼儀だったと思い出してハナもぺこりと頭を下げた。
この異世界で初めての友達ができた。
これほど心強いことはハナにはなかった。
【#8へ続く】