異世界少女のラノベ作り#9

 早朝の薄明るい、日の出間近のコンビニ前にて少年、木ノ前輝久春(きのまえきぐはる)と少女、ハナは友達になった。

 友達になるということに形式ばった契約や堅苦しいお題目は必要ない。

 友達になりたい。

 感覚的にそう思った時、それでいいのだ。

「えっと、ハナさん。聞きたいことがあるんです。夜中のあれ、てんまくでしたっけ?あれのネタ教えて下さい。気になって仕方なくて」

「仕掛け(トリック)なんてないの。そもそもあれ(天幕)は私がやったわけじゃなくてね」

 まだ自分が異世界少女だと思い込んでいるのかこのコスプレイヤーさんは。

 木ノ前はハナの両手に注目する。

「そういえばその手の物、買ったんですか?」

「貰ったのよ」

 本当かよ、と疑いを持つ。

 何で異世界人が日本円持ってんだよ!?と心の中でツッコミ叫ぶ。

「本当ですかね」

 そう言われても本当にメガネの少年に無償で貰ったものなのだが、天幕というあまりに非現実すぎる現象を見てしまえば疑うきのまえさんの気持ちは分かる。

「わかったわ」

 何度も言葉で言っても信じてもらうことは難しい。

 こちらの世界に来て最初の難関はこちらの世界(地球)の人にこちら側の世界(ログフィール)の日常を受け入れてもらうことなのだ。

 ハナはおにぎりをはむっと全て頬張り、お茶を飲みほした。

 そして、水をすくうように両手の平でお椀のような形を作る。

「見てて頂戴(ちょうだい)」

 言われて木ノ前はコスプレ少女ハナさんの小さな手の平の中をジッと見つめた。

 すると。

 手の平の中心辺りにポッと、まるで火を灯したように桃色の小さな光る粒子が現れた。

 すぐに小さな粒子のそれらは互いにくっつき、小さな球体となったそれらはゆっくりと回転をし始めた。

 目を疑った。

 あまりにも非現実がすぎる。

 もっとよく見せてほしいと思ったところでそれは消えてしまった。

「もうちょっと、もうちょっとだけ見せてください!」

 思った事がそのまま声に出てしまったのはこれが初めてかもしれない。

「この世界ではこれが限界なの。ごめんなさい」

 見た限り今のどこにも仕掛け(トリック)はなかった。

 きっと巧妙なものなのだと、それでも木ノ前は疑うことを諦めたくはなかった。

 未知との遭遇じみたことが自分の身に起きることなど、どれほどの確率だろうか。

 ただ高校生活を平凡に過ごし、長野県小諸市という地方の片隅に暮らす自分に、なぜこんな非現実じみたことが起きるのだ、いや起こるはずがないと信じて止まない。

 非現実はもう一つある。

「て、てんまくは誰がやったんですか?」

 私じゃないとハナさんは言った。では誰か。

「深夜、あの場にもう一人居たのよ」

「誰が?」

「王国女神」

「どこに?」

「きのまえさんの後ろ」

「怖いよ!!」

 急にホラー始めんな!と心の中で二度目のツッコミを叫んだ。

 ◇ ◇ ◇

 ◇ ◇ ◇ 

 なぜこんな大切な思い出を今日まで忘れていたのか。

「そういえば、そういう事だったわね」

「うん。そういうこと」

 木ノ前すみれは記憶の一つ一つをまるでパズルのピースをはめ込むようにして思い起こす。

 もう何十年も前の話だ。

 中学二年の春休み。

 トンネルを抜けた先にまったく違った世界が広がっていた。

 それから自分で言うのもなんだが学校に通いながらトンネルと自宅とを行き来しながら、世界を救った。

 異世界『ログフィール』の災厄から人々を守った。

 もちろん一人で守ったのではない。そんなわけがなく、皆で守ったのだ。

 そしてその皆を束ねるも頼りのない存在と言われた宝石瞳の少女。

 目に見えることのできる女神。

「……始まりの始まり。王国女神ポトルポピン」

「そんな形式ぶった名前をすみれに呼ばれるのは初めて出会った時以来だよ」

 神、と呼ばれる全知全能の存在をもってしても降りかかる災厄に苦戦を強いられたのは他の異世界勢力からの進出を許してしまったからだ。

 神は神とぶつかり合い、人は人とぶつかった。

 本当に、色々あったのだ。

 そんな記憶を木ノ前すみれは忘れていたことに驚きはしなかった。

 それが王国女神(ポトルポピン)によって意図的にされたことだと記憶と共に理解ができたからだ。

「天幕は記憶も制御(コントロール)できるわけ?……ってまさか!」

 扉の前にて動けなくなっていた体は動き、閉ざされていた声もいつの間にか元に戻っていた。

 木ノ前すみれは慌てて窓の方へ駆け寄って空を見上げる。

「はー……、よかった。天幕出してんのかと思ったー……」

 この世界に非現実(天幕)を持ち込まれたら大混乱だろう。

「出してるよ。見えてない、見させていないだけだよ」

 振り返ると座っていた椅子に王国女神(ポトルポピン)がちょこんと座っていた。

 改めてその姿をジッと見れば、思わず目尻が熱くなってしまった。

「……エイベルにマーガレット・ロイ先生、それにトレイルやラムルル姫は元気?」

 懐かしい、仲間たちの名だ。

「ロイ以外はすみれと同年代。ラムルル姫は今やラムルル女王陛下。ログフィールの象徴だよ。娘もいるしさ。皆元気。ログフィールは平穏無事さ」

「歳を重ねていないのはあなたくらいね。ところでどーしたの?わざわざ世界を越えて私のところにやってきて。何かあるんでしょ?」

「ある。実はラムルル女王陛下の娘が通過儀礼でこっちの世界に来てるんだ」

「え、いつから?」

「二時間前くらい」

「二時間前……、夜中じゃないの!……って、」

 不穏な気配を感じた。

 それは息子の言動を思い出して合点がいくものだった。

 そして。

 室内が揺れ始める。

 地震ではない。

 揺れは窓に伝わりビリビリと振動する。

「王国女神(ポトルポピン)。息子になにかしたんじゃないでしょーね?私ならいい。息子はやめて。そっちの世界のことを息子は知らなくていい。そっちの世界の事情に息子を巻き込まないで」

 木ノ前すみれの右手の周囲に青白くほのかに光る粒子が発生する。

 次第にそれはすみれの右手の中に納まるように剣の形へと成ってゆく。

「さすがログフィールの救世主(ヒーロー)。受けてた加護の総量がトンデモないねー」

 バリン、と窓ガラスに亀裂が走った。

 同時に手に集まりつつあった剣をかたどる光の粒子が四方に弾け飛んだ。

 それでも木ノ前すみれは構わない。

 王国女神(ポトルポピン)に近づいてその小さな両肩をがしっと掴む。

 息子に何かしたのか。

 見つめていれば吸い込まれてしまいそうな神秘の瞳をそらさず見つめる。

「安心してよ。すみれの息子クンがすみれのようにログフィールに行くことなんてないし。そんな冒険話を展開しようなんてつもりはないんだよ。ラムルル女王陛下の娘サンの通過儀礼のために、息子クンには出会う人物そのいちになってもらっただけだよ。それ以上、何もないし、このボクが責任を持って何もさせないよ」

「……、」

 果たしてどうなのか。神のみぞ知ることだが。

「頼りないわね」

 木ノ前すみれの心の言葉が思わずもれてしまった。

 ◇ ◇ ◇

 ◇ ◇ ◇

「ところでお願いがあるの。きのまえさん、お父様かお母様は?」

「母さんだけだよ」

「突然こんなことを聞いて失礼だとは思うのだけど、私は今、どこも頼るところがなくて。その、あなたのお母様にぜひ会わせてくれないかしら」

 非現実を横にホラー話でも始まるのかと思えば、急に現実味のある家出少女じみた懇願を困った表情でしてきた。

 家出少女だった場合、この地域に住んでいて今までこんな少女は見たことがない。

 もしかしたら遠方から来たのかもしれない。

 目の前の少女が現実的か非現実的なのか混乱する中で、もはや一人で対応はできない。

 高校生男子一人の力では限界があった。

 ひとりの少女の先の人生、運命をどうにかできるほど木ノ前は主人公ではない。

 親かあるいは警察に相談することが現実的であり、少女は危機的状況ではないようで、ならば親が妥当だろう。

 とりあえず親に聞いてみて、その後の方向を決めるのだ。

「じゃあ、付いてきてください」

「どうもありがとう」

 少年少女は歩き出す。

 空模様は夜から朝へ移り変わった。

 【#10へ続く】

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